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京都地方裁判所 昭和60年(行ウ)12号 判決

原告(選定当事者) 後一稔 外四名

被告 京都府公安委員会

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一申立

一  原告ら

1  被告が昭和六〇年一月一八日に木下仁俊に対してした風俗営業等取締法に基づくパチンコ店営業許可処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨。

第二主張

一  原告ら

1  訴外木下仁俊は、京都府福知山市字堀小字今岡二五九八番一及び同所二五九七番二におけるパチンコ店(以下、本件パチンコ店と言う)の開店を計画し、昭和五九年一二月下旬に被告に対し風俗営業等取締法及び京都府風俗営業等取締法施行条例に基づく遊技場の営業許可申請をした。

被告は昭和六〇年一月一八日、木下仁俊に対し右営業を許可する旨の処分をした。

2  原告ら及び各選定者はいずれも福知山市堀地区に居住し、本件パチンコ店より約八〇メートルの距離にある診療所人見医院において日常的に診療を受けている者で、特に原告後一稔及び原告古田博は本件パチンコ店に隣接した家屋を所有して同所に従前から家族と共に居住し、原告竹下実は同地区居住の児童生徒の通学する大正小学校の教師、原告芦田浅己は同桃映中学校の教師であり、原告中井美雄は右パチンコ店の西方約二〇〇メートルに所在する家屋に居住している者である。

原告後一稔及び原告古田博が本件パチンコ店の営業により直接重大な被害をこうむることは同原告らの居住家屋が本件パチンコ店に隣接していることから明らかであるが、他の原告及び選定者も程度の差はあれ、本件パチンコ店の営業により、教育環境、疾病者の治療環境、居住環境その他の生活環境(交通環境を含む)を直接侵害される者である。

ところで、風俗営業等取締法が善良の風俗を害するおそれがないことを営業許可の基本的な判断基準としていることは明らかであるけれども、「善良の風俗」の保持は、一面では社会全体の利益、公益に向けられているとしても、社会全体の利益とは個々の住民の利益の総和にほかならないから、同時に、善良の風俗が害されることによつて直接影響をこうむる個々の住民の利益を確保することにあるもまた言うまでもない。風俗営業等取締法及び同法施行条例は、児童、生徒の教育環境、疾病者の治療環境、居住環境その他の生活環境等を良好に保つための諸規定をおいている。従つて、本件パチンコ店営業許可処分によりこのような環境を害されるおそれの有るものは、その取消を求める「法律上の利益」を有する。

3  本件許可処分は次の理由で違法である。

(一) 京都府風俗営業等取締法施行条例一四条は、「公安委員会は、営業の場所が次の各号に該当するときは許可をしてはならない」と規定し、許可をしてはならない場所として「収容施設を有する診療所の敷地から一〇〇メートル以内の場所」、「住居地域その他善良の風俗を保持するについて著しく支障があると認められる場所」等を揚げている。

ところで、本件パチンコ店の敷地から約八〇メートルの所に人見医院があり、同医院は入院ベツド八台を備え「収容施設を有する診療所」に当たる。従つて、本件パチンコ店は同施行条例一四条に抵触し、営業を許可できないものである。

もつとも、右施行条例は、その一六条において「第一三条から前条までの規定に該当する場合においても、土地の状況、営業の種別、構造及び施設等により、善良の風俗を害するおそれがないと認めるときは、許可することができる」と定めていた。しかし、右一六条は、昭和五九年一二月二一日に成立した同施行条例を改正する条例によつて削除され、この改正の施行後は、本件パチンコ店は最早いかなる意味でも営業許可を受けることのできないものである。同改正の施行は昭和六〇年二月一三日からとされていたが、この改正に照らすと、この改正の施行前に右一六条を適用して営業許可をすることは、極めて慎重であるべきで、近隣住民の同意と「善良の風俗を害するおそれ」のないことが明らかな場合に限定されるべきであつた。

本件営業許可は、右改正の成立後に申請され、その施行前の昭和六〇年一月一八日、右改正前の一六条を適用して許可されたものである。本件営業許可は、改正の施行の直前に駆け込み的になされた極めて脱法的なものであり、公安委員会の裁量権の逸脱と乱用による違法な許可で、強度の不法性がある。

(二) また、右改正による削除前の一六条によつても、本件パチンコ店の営業により周辺の居住環境、交通環境、教育環境、治療環境の著しい悪化を招き、善良の風俗を害することは、次のとおり顕著で、原告ら周辺住民の平穏な環境のもとで健康で文化的な生活を享受する権利は大きく侵害されるから、許可は相当でなく、右改正前の一六条にも違反するものである。

本件パチンコ店の営業により、場内音楽や呼び込みの声、パチンコ玉洗浄の金属音、出入りが予想される自動車の騒音等は、営業時間の午前一〇時から午後一一時過ぎまで、極めて著しいものになる。けばけばしく巨大なイルミネーシヨン、広告灯等による光害が深夜まで及んで安眠を妨害し、また付近に他の風俗営業なども開店し、従前の居住環境の著しい悪化が避けられないことも明らかである。原告ら近隣居住者は、これら騒音、光害等に悩まされ、健康を著しく害される。

本件パチンコ店は、毎日約二〇〇台以上の自動車が出入りすると予想されるが、その隣接地の他一五〇メートル以上も離れた所に駐車場を設けるという全くいい加減な計画で、その隣接地には殆ど駐車スペースが無い(駐車可能台数はわずか五〇台程度に過ぎない)。出入りの車は、本件パチンコ店の北側、南側及び東側道路に進入してくることが予想されるところ、北側道路は幅員約四メートルと狭く三ツ丸ストアの関係車両と輻湊し、南側道路は通学路であつて、また、児童公園も近く、児童生徒の交通上の危険を生じる。交通事情の悪化による排ガス、騒音、振動は一層激しく、原告らとその家族の、健康の悪化を招き、交通事故による生命身体の危険を引き起こす。

通学路では、多感な児童生徒に射幸心に熱中する成人の行為を見せつけることにより、非行への誘惑、不良化をもたらす等の教育環境の悪化は図り知れない悪影響を生じる。

本件パチンコ店の敷地から約八〇メートルの所に入院ベツド八台を備えている人見医院があることは前記の通りであるが、原告、選定者ら及びその家族は、いずれも同医院をかかりつけの医療機関として日常的に診療を受けており、その治療環境を直接侵害される。

4  よつて、原告らは被告のした本件パチンコ店営業許可処分の取消を求める。

二  被告

1  原告主張1の事実は認める。

2  原告主張2の事実中、原告竹下については否認し、その余は認める。

原告らは、本件パチンコ店所在地の周辺に居住するとはいえ、本件許可処分に関しては一般市民としての一般的利益ないし反射的利益を有するに過ぎず、法律上の利益を有する者ではないから、いずれも当事者適格を有しない。

3  原告主張3の事実は争う。

本件許可処分は、被告が、訴外木下仁俊のパチンコ営業許可申請に対し、改正前の風俗営業等取締法施行条例一六条により、同条例一四条に規定する保護施設との距離においては同条に抵触するが、営業所の位置、構造設備、その他を総合して、善良の風俗を害するおそれがないと判断し、条件を付して許可したもので、同営業許可申請はその営業所の構造又は設備についての風俗営業等取締法上の許可基準に適合していたから、本件許可処分は適法である。近隣者の同意が得られていなかつたとしても、これをもつて本件パチンコ店営業許可処分を違法とすることはできない。

また、原告らは本件パチンコ店の立地の不適格性を言うが、これらの問題は、営業許可の要件でなく、本件パチンコ店営業許可処分の違法性の問題とならない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  行政処分

被告が昭和六〇年一月一八日木下仁俊に対し、風俗営業等取締法により、福知山市字堀小字今岡二五九八番一及び同所二五九七番二におけるパチンコ店の営業を許可する処分をしたことは当事者間に争いがない。

二  原告適格

原告ら及び各選定者はいずれも福知山市堀地区に居住し本件パチンコ店より約八〇メートルの距離にある診療所人見医院において日常的に診療を受けており、特に原告後一稔及び原告古田博は本件パチンコ店に隣接した家屋に居住し、原告竹下実及び原告芦田浅己は同地区居住の生徒の通学する小学校又は中学校の教師であつて、いずれも本件パチンコ店の営業によつて居住環境の悪化の影響を受けると主張し、これを理由に本件パチンコ店営業許可処分の取消しの訴えについて原告適格が認められるべきであると主張する。

そこで、原告及び選定者らの原告適格について判断する。

風俗営業等取締法(昭和五九年八月一四日法律第七六号による改正前)二条は、許可なくして風俗営業を営むことを禁止しているが、このような営業許可制度の目的、要件などについて、同法や条例の定めるところは、次のとおりとなつている。

まず、同法三条は、都道府県は条例により、風俗営業を営もうとする者の資格並びに風俗営業における営業の場所、営業時間、営業を営む者の行為及び営業所の構造設備について、善良の風俗を害する行為を防止するために必要な制限を定めることができるものとし、四条は、営業を営む者等が、法令、条例に違反をした場合に、善良の風俗を害する虞があるときは、公安委員会は営業許可の取消等をし、又は善良の風俗を害する行為を防止するために必要な処分ができるとしている。

また、同法三条により委任を受けた京都府風俗営業等取締法施行条例(昭和三四年三月二五日条例第二号、ただし昭和五九年一二月二六日条例第七二号による改定前のもの)は、営業許可の条件として、一三条で人に関する許可の基準を定め、一四条で、営業の場所が(1)学校教育法一条の規定による学校並びに医療法一条の規定による病院及び収容施設を有する診療所の敷地から一〇〇メートル以内の場所又は、(2)住居地域その他善良の風俗を保持するについて著しく支障があると認められる場所に該当するときは許可をしてはならないとし、一五条で構造設備に関する許可の基準を定め、一六条は、公安委員会は一三条から前条までの規定に該当する場合においても、土地の状況、営業の種別、構造及び設備等により善良の風俗を害するおそれがないと認めるときは、許可をすることができるとしていた。

これらの法条を検討すると、営業許可制度は、「善良の風俗を害する行為を防止する」ことを目的とするものであつて、個々具体的な権利ではなく、一般的抽象的な公益を保護法益としていることが明らかである。その許可要件を検討すると、まず風俗営業店舗の学校、病院、収容施設を有する診療所からの距離制限が定められているが、この規定が人見医院の単なる患者を個別的に保護した規定と解することはできない。

また右条例は、住宅地域その他善良の風俗を保護するについて著しく支障があると認められる場所には、原則として風俗営業許可を与えないものとしている。しかしここにいう「住宅地域」、「善良の風俗」とは極めて抽象的、一般的な概念であるから、この規定は、現在及び将来における不特定多数者の顕在的、潜在的な利益の全体を公益として保護したものであつて、近隣居住者等の環境等の利益を個別的に保護したものではないと解すべきである。

原告ら代理人は、「善良の風俗」の保持は、一面では、社会全体の利益、公益に向けられているが、社会全体の利益とは個々の住民の利益の総和にほかならないから、同時に、善良の風俗が害されることにより直接影響を受ける個々の住民の利益をも確保しているというべきであつて、そのような住民については営業許可処分の取消しを求める原告適格を肯定すべきであると主張する。

しかし、行政処分はいずれも公益のために行われるのであるから、原告ら代理人のような主張が妥当するとすれば、どの行政処分についても公益を構成するという個々の国民の「利益」が原告適格を基礎づけることになつてしまうが、これでは個別的な権利、利益の救済を目的とする裁判制度や、公益の維持は国民の代表者や公務員に担当させるとする民主主義制に反することになろう。原告ら代理人の主張の採用できないことは、最高裁昭和五二年(行ツ)第五六号同五七年九月九日第一小法廷判決・民集三六巻九号一六七九頁によつても、明らかである。

以上判断のとおり、原告らの主張する事実関係の下では、原告ら及び選定者について、本件パチンコ店営業許可処分の取消しを求める原告適格を認めることができない。

三  結論

そうすると、原告らの本件訴えは不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 井関正裕 田中恭介 榎戸道也)

選定者目録〈省略〉

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